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取り組み事例(アスリート)
「かけがえのない自然を守り、次世代にウィンタースポーツを残すために」【後編】
大切な雪山の自然環境を守るために『JUMP for The Earth PROJECT(JFTE)』を立ち上げたスキージャンパー高梨沙羅選手。
これまで「トレッキング&クリーンアクションin 蔵王」や、札幌の学生たちと環境問題についての意見交換を行うワークショップ等を開催してきました。
カジュアルに楽しみながら環境問題に取り組むことが高梨選手の願いですが、時には活動がうまく伝わらないもどかしさを感じることもあると言います。
しかし、できることを一歩ずつ形にしていくことが大切と考え、学生のアイディアのひとつ、マイボトルバーを「FIS女子スキージャンプW杯2024札幌大会」の会場で実現します。
マイボトルを持参した方に温かい飲み物を提供することで、ペットボトルやプラスチックごみの削減を目指しました。
マイボトルバーにはおよそ300人近くの人が訪れ、大きな反響がありました。高梨選手の環境活動への思いは確実に広がっています。
活動をもっとうまく伝えたい。『JFTE』の活動で感じたもどかしさ
活動をする上で、時にはもどかしさを感じることもあると話す高梨選手。活動のどのような点にもどかしさを感じているのでしょうか。
「活動するにあたってもどかしさを感じることは多いです。ルールや規約のなかでやっていかなければならないし、衛生上できません、と言われたこともあります」
周りの環境によっては活動自体が難しかったり、また活動についてうまく伝えることができなかったりすることがあると言います。うまく伝わらないときは自分の説明が足りなかったのかと落ちこむことも。
「他のアスリートやスポンサーの方に対して活動について説明し、納得してもらうことが大切です。けれど自分の説明ではなかなか伝わらないこともあり、そういった時にはもどかしさを感じますね」

また高梨選手のSNSでの発信に対する反応は、ポジティブなものばかりではありませんでした。「そんなこと言って飛行機に乗っているじゃないか」、「切り拓いた山で競技をしているのはあなたですよ」などの声も寄せられました。
「育った状況や周囲の環境でいろいろな考え方や捉え方があるのは当然です。だからこそそういった声にも耳を傾け、活動について理解してもらえるように丁寧に発信し続けていくことが必要だと思います」
高梨選手はそういった意見やもどかしさも受け止めつつ、自然に寄り添う活動を継続することが大切なのだと考えています。
「環境活動への行動やアクションは気持ちがないと続きません。周りがこうだからこうしよう、では継続しないんです。日常的に習慣づけることはなかなか難しい。だからこそ自然環境を大切にするために、まず自然の良さを感じてもらうことから始めたいと思いました」
第一弾の蔵王でのクリーン活動は、自然の良さに触れて楽しみながら環境活動を行ってほしいという思いから開催されたものです。

「自然に触れて、みんなで知識をつけて家に持ち帰って、小さなアクションにつなげていく。それを無理なく続けていく流れが理想ではないでしょうか。そのような機会だったりイベントだったり、アクションだったりの学びの場を提供していくことが、周囲を少しずつ変えていく力になると思います」
高梨選手は『JFTE』の活動第三弾として藤女子高等学校の学生とのディスカッションで出たアイディア、マイボトルバーを「FIS女子スキージャンプワールドカップ2024札幌大会」にて実現します。競技場に設置されたマイボトルバーには多くの人が訪れ、大きな反響と手応えを得ることができました。
学生たちのアイディア「マイボトルバー」を実現。多くの人が活動に共感
マイボトルバーでは、無料でフェアトレードコーヒーやコーン茶、オニオンスープが提供されました。運営している学生たちは寒さのなかでも終始笑顔で、楽しそうに訪れる人たちに温かい飲み物を提供していました。

当日マイボトルバーを訪れた観客のほとんどが、マイボトルを持参しています。『JFTE』の活動に対しても、世代を超えて多数の共感と関心が示され、反響の高さがうかがえます。

- 「ワールドカップのHPで、マイボトルバーがあることを知って持参しました。競技場は寒いので温かい飲み物が飲めるのは嬉しいです」
- 「高梨選手と学生がこのような活動をしていることを知り、嬉しくなってぜひ応援したいと思いました」
- 「一般の人がスポーツという分野から環境問題を考えるきっかけがあることは、とてもいいことだと思います」
マイボトルを持っていなかった人も活動を見て『JFTE』のボトルを購入する姿が多くみられました。ワールドカップでのマイボトルバーの開催は、一般の人が環境活動に興味を持つきっかけに大きく貢献したと言えるでしょう。
高梨選手とともにマイボトルバーを実現した藤女子高等学校の学生からは、反響の高さに喜びの声があがりました。

- 「最初からマイボトルを持ってくる人がたくさんいて、飲み物を提供する場がもっとあればマイボトルも広がっていくんだなと感じました」
- 「一人では難しいことも、高梨選手のような影響力のある人が一緒に活動してくれることで注目され、たくさんの人が環境問題に興味を持ってくれました」
- 「自分たちのアイディアが形になって、楽しみながら環境に貢献できることがとても嬉しかったです」
一方、高梨選手はマイボトルバーの意義や反響について次のように語ります。
「競技場は寒くて意外と乾燥しているため、もともと水分補給のできる場所があればいいなと思っていました。温かい飲み物を提供することで多くの人がマイボトルを持ち歩くきっかけになれば、プラスチックごみを減らすことにもつながります」
「学生の子たちが看板や環境を学ぶブースを手作りしてくれて感動しました。競技に参加した選手からもコーン茶美味しかったよ、という声があり、多くの人が訪れてくれたことに感謝しています」

今回のマイボトルバーを含めた『JFTE』の活動は札幌市環境局も後援しています。地域の後押しや学生たちと手を携えた活動が、周囲に影響を与えたことは間違いなく、高梨選手の思いが着実に広がっていることを示しているのではないでしょうか。
自然と触れ合う機会が多いからこそ大切さを実感。アスリートの持つパワー
高梨選手からみて、アスリートだからこそできる社会貢献やパワーにはどのようなものがあるのか、次のように語ってくれました。
「アスリートという立場だからこそ、社会貢献に対して発信する機会や情報提供を多くすることが可能です。たとえばSNSを使って、たくさんの人に情報を伝えることができます。ただ情報を発信するだけではなく、内容や行動にみんなを巻き込んでいけることが理想ですね。そういう活動を大きく広げる役目を果たすことができたらと考えています」

実際に藤女子高の学生は高梨選手とディスカッションしたことで、「北海道独特の雪の気候変動問題があることを知った」と話していました。アスリートだからこそ肌で感じている環境問題について、伝えられる情報が多くあるのです。
「ウィンタースポーツを通して自然に触れる機会が多いからこそ、アスリートは自然の大切さを実感しているのではないでしょうか。このまま何もしなければ、ウィンタースポーツを楽しむことができなくなってしまうという危機感を、アスリートは誰よりも感じているはずです。そういった意味で何かをしなくては、という強いパワーをアスリートは持っていると思います」
しかし環境活動に一歩踏み出せず、アクションを起こすことに勇気がいるアスリートも多いはず。高梨選手はアクションを起こすことも大切だけれど、まずは思いを「共有」することからはじめて欲しいと語ります。
「環境に対して疑問に思っていること、このままでいいのかと考えていること。そういった気持ちを、現場レベルで話し合って共有していくことが大切だと思います。思いを共有していくことでつながりが広がっていく可能性があります」
思いを同じくする人たちと活動の輪を広げていきたい。『JFTE』のこれから
環境活動を発信していくなかで高梨選手が心がけていることは、「決して押し付けないこと」だそうです。
「環境活動を発信する上で大切なのは押し付けないこと。こうしようと決めつけないこと。生活レベルやスタイルは人それぞれ違います。違うからこそ、それぞれができることをひとつずつ進めることが大切だと感じています」
日常生活のなかで高梨選手は、ひとつのものをじっくりと使い続けるように気をつけていると語りました。流行り廃りや安価だからという理由で、ものをすぐに消費してしまうのは良くないことだと感じているからです。
「ものを簡単に消費することは違うと思うので、できるだけひとつのものを大切に使い続けるようにしています」
個人が行う小さな一歩でも、そこから大きな一歩につながる可能性があります。環境問題を重く捉えるのではなく、身近にできることからカジュアルに取り組むことが高梨選手の願いです。
「私自身、まだまだ環境への学びが足りないので、環境問題についてもっと学んでいきたいと感じています。『JFTE』の今後の具体的な活動については検討中ですが、そうやって学んでいくなかで、やりたい活動が見つかっていくのではないかと思います」
思いを同じくする人たちと、もっと先の未来でもウィンタースポーツを楽しむためにいまできることを楽しく取り組んでいきたいと、笑顔で語る高梨選手。
「今後の展望としては、アスリートに限らず思いを同じくする人たちとともに、学んだりアイディアを出し合ったりすることで活動を広げていけたらいいですね。環境活動はカジュアルで楽しいもの。そういった活動をこれからも続けていきたいし、そういう人が一人でも増えて欲しいと思います」
高梨選手が始動した『JFTE』の活動は、今後未来に向けて大きく羽ばたいていくパワーを秘めています。

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